
次男の私が介護する事に・・・
兄夫婦のいさかいではお互いに顔も見たくない、話しもしないが・・・ 尾を引いて数年が経過後両親は足腰の老化
軽度だった脳梗塞の後遺症(二人とも同じ) 介護は突然始まり、気づけば自分が担うこともあります。
みるみる内に高齢者となり痴ほう症と歩行困難となる。 両親共,何も考えきれない状態となりました。
私が42歳厄年の時に仕事を辞め両親の介護をするようになりました。 ただ年老いた両親が可哀そうという事で・・・
3人の兄弟、親の介護、兄夫婦は到底無理、妹は姓も変わり嫁に出た、 という立場、残る私は独身で身軽である。
妹も兄も悪いな、しかし手伝いはするから・・・ 兄がその時に「一本の矢は折れやすいが三本束ねると折れにくい」 という兄弟協力の話しをしました。
その話しは3か月位でほぼ立ち消えしました。 自分の家族が中心で親の方まで手が回らない! ≪今から25年前の事でした。≫
思っても見なかった状態の悪化
さ~それからが毎日、朝昼晩と5~8回位のオムツ交換と食事作り、 デイサービスにショートステイ、そして具合が悪く救急車 入退院の繰り返し口も聞くのも無理な状態に・・・
認知症状・昼夜の逆転、話は何も分からない状態へと進行 両親の病状の悪化と共にますます兄弟は家に寄り付かず状態
でも昭和の介護保険等がない時は長男の嫁が一日していました。 そんな介護の問題が、みな誰もがやりたくないの一心です 苦労等したくない、親の介護等全く考えない
そして家族の細分化の核家族に・・・ お金問題、損得勘定、お金があれば分け合いではなく、 取り合い・奪い合いのケンカ
私も兄も同じ様な事を云っていました。 自分で貯めたお金老後の為、子供に残す等は
考えずに自分で旅行に行ったり、 楽しみの為に使ってしまった方が良いのだ!
結局はなくても、あってもどうにかなるものだ!
兄弟も他人の始まり、実家を出れば他人の始まりと思います。 その兄弟とは年に一度会うか合わないか?・・・
とどのつまりは一人で生まれ一人で死んでいくのです。 楽しいも、苦しいも、悲しいも同じ一日一生ではないでしょうか?
どこの家庭もいずれかはくる介護問題、 今ほとんどの家庭ではお金を出して介護施設へと 入ってもらう様にシステム化されているように感じます。
お金が一番・崇拝へ
お金がなくても生活保護を利用することが多くなりました。 少子高齢化と云われて元気な高齢者が増え 子供達が少なくなっています。
年金の問題から生活や暮らしまでお金の世の中 になってしまった。
お金で喜び、お金でケンカ、お金で楽して幸福、 お金で上下関係が・・・そして金融犯罪・・・ 金、金、金がすべて
両親の切なる思い
両親がまだ若い頃、一緒にお寺さんや神社に行っていた時 「何をお願いしたの?」と聞いたところ
「ぽっくり死ねたら良い・・・死ねれば」 「畳の上で死ねるように」でした。
葬儀が終わってから善悪はなくなってしまい 決して生前の悪い事を云わなくなり
すべてが終わった瞬間! ただ静かな虚無感だけが残りました。
年月の経過と共に忘れかけています。 立派に産んで育て大事にしてくれた 恩は忘れない様に心がけたいです。

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