
鎌倉を歩くと、昔の自分に出会う
はじめに・・・
鎌倉の街を歩くと、ふと昔の記憶がよみがえります。 私もそろそろ古希に近い年齢になりました! 子供から青年の頃を思い出が古い町並みと重なって見えてくるのです。
鎌倉には知り合いも親戚もいません。それでも、どこか懐かしさを感じるのは、 昔の風景と今の鎌倉がよく似合うからでしょう。
昔の人付き合い
今では見かけなくなった、昔ながらの礼儀作法。昔は、誰かの家を訪ねるときは 「ごめん下さい!こんにちは!〇〇です。」と名前を名乗りました
そして家の人が出てきたら深々と頭を下げお辞儀をしたものです。 それが当たり前の礼儀でした。
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手土産文化
久しぶりに訪れるときは≪風呂敷に包んである品≫を手渡し「これは大変つまらないもんですけど・・・」と渡す。遠慮深く渡したものです・・・謙遜のやり取りが良い関係を作っていました。
何も持って行かない場合には怒られた時もありました。今ではそんな習慣はほとんど見かけなくなりました。
昔の衣服

「一張羅(いっちょら)」と「継ぎ接ぎ」
今のように服が豊富ではなかった時代の話しです。 そして私の家でも服が多くなかったです。
大事な服は一張羅と呼んでいました。 ズボンがやぶれれば(ほころび)よく母が継ぎ接ぎをしてくれました。 兄や姉からのお下がりも当り前でした。
今では破れた服は直ぐに捨てて新しい服を買う時代になりました。 あて布をしたズボンは見かけなくなりました。
冠婚葬祭
冠婚葬祭には紋付の着物だった。葬式はお弔い(おとむらい)と呼び 花輪の数でその家の経済状況を察したものでした。
昔の食事
質素な朝ごはん
朝食は味噌汁に漬物・タマゴと海苔。卵があれば卵かけご飯 ない時は味噌汁をご飯の上にかけて食べました。
いわゆる猫まんまです。人も猫も犬も同じと思った。 今思い出すと美味しかった。
麦飯と父の言葉
食べたくないというとよく父親に叱られました。
『昔は冷たい麦飯を食べたのだ 腹が減っていれば何でも食べれる』 そう言われ叱られました。
夕飯の匂い
よく夕飯時の遊びから帰ると近所の家のご飯のおかずの匂いが漂ってきました。 「今夜は焼き魚だな、」「カレーライスだな」と・・・匂いでオカズをわかったものでした。
昔の住まい
玄関と日本間

玄関は引き戸でガラガラと横に開けた。上がり框(あがりかまち)で雑談をし日本間に通されると深々と頭を下げる。
相手の家の立派ですね^褒めるとイエイエそんな~ほんの安普請(やすぶしん)ですよ、 と謙遜な言葉が返ってきました。褒めて謙遜する。
冬と夏の暮らし

冬は掘りごたつに綿入り半纏やどてら 夏はうちわと扇風機だった。そして風鈴風 昔のは夏はそんなに暑くなく32~3度ほどだった。
縁側の思い出
縁側の雑巾がけは冷たい水で雑巾をしぼり、しゃがんで前へ進むようにしました。 縁側にはミシンが置かれ母がよく縫い物をしていたもんでした。
母の時代では嫁入りする前の娘に和裁と洋裁学校へ行かせて 縫物くらい出来るのが当たり時代だった。
昔の娯楽と生活
演歌とカラオケ
30年~40年前、歌と云えば演歌でした。 カラオケは歌詞カードを見ながら歌っていました。
音痴な人も上手な人も笑って許さる時代でした。 マイクの取り合いでケンカもありました。
喫煙と映画館
どこでもタバコが吸えました。 電車・駅ホームで・病院・会社・車内 今は全て禁煙です。
映画館は土曜はオールナイトがりました。 酔っ払いや痴漢などが多く次第に客が減っていきました。
子供の遊び

将棋・囲碁・コマまわし・凧あげ・竹馬・トランプ・けん玉メンコ遊び 今の様なゲームはありませんでしたが毎日楽しかったです。
鎌倉が思い出さてくれるもの
鎌倉を歩くと昔の風景と昔の自分の記憶が重なります。 もう過ぎ去った時代ですが古い町並みが その記憶をそっと呼び起こしてくれるのです・・・
もしも知人や友人がいたら手紙を書いていたに違いない。
手紙(想像)
前略。陽光うららかな三月十日
お元気にお過ごしでしょうか?私ども家族は皆元気にしています。 お陰様で上の娘も来年度から高校生になります。
夜遅くまで受験勉強に励んでいます。 「合格したら連れていって」と云っています。
久しぶりにお会い出来る日を楽しみにしています。 美人で誉れ高い奥様にもよろしくお伝えして下さい。 昔話しや近況等をゆっくり語り合えればと思います。


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