鎌倉歴史散策記 栄枯盛衰を歩く一日

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今日は快晴です。とても良い天気となりました。鎌倉鶴岡八幡宮の周遊と史跡を小旅しようと  思います。私は史跡めぐりをする際

いつも健康と衰えを維持する為にも自分の足を使っています。そして楽を選んではいけない、と感じています。

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源頼朝公が鎌倉幕府を開いた。そして『東勝寺跡』

鎌倉が栄始めました。今日初めて行く先が【東勝寺跡です】残念な事でこのお寺さん現在ありませんが跡地ならと思っていましたが、「北条高時氏腹切りやぐらは落石により立ち入り禁止となっていました」鎌倉幕府が誕生して滅亡した(された)寺であります。

栄枯盛衰、世の習いと今も昔も儚い世の中でもあります。870余人と共に自害した寺で    昭和50年に発掘調査では「北条氏の三つ鱗」の遺物が発見された、との事です。

※子供たちに簡単に説明

痛かっただろなあ~腹を切って!と云ったところ、パパ~おかしいんじゃない痛いどころか死んでしまうよ!!!と他人事ながら笑っていました。

まあ~その通りだ!しかし私はそんな言葉は期待せずに、かわいそうだね~という思いやりの心を持ってほしい、と期待していましたが・・・鶴岡八幡宮を海方面を見て左側に真っ直ぐ歩き5分位の跡地でした。

源頼朝公のお墓、静かな場所で質素 意外と・・・

更にその道を道なりに進み7、8分歩き鎌倉幕府を開いた【源頼朝公のお墓】にお墓参りをしてきました。とても栄華を極めた方が・・・とても質素なお墓でした。そしてまた何と静けさの中に ある事か???と感じざるえませんでした。

約800年の歳月の経過を儚く感じ「心からのご冥福を祈ってきました」そしてここが源頼朝公のお墓と記載されていましたが、現在の様に名前が彫り込まれていない、とも思いました。が、指定されているには本当だろう、と信じ後にしました。

奥様の北条政子様と源頼朝公 実は・・・

出て直ぐの小さな公園にて源頼朝公と北条政子さんの事が記載された看板がありました。その中で「政子は父時政の決めた結婚相手との祝言の日に頼朝公と駆け落ちをした。情熱的な女性であった」と書かれていました。

栄枯盛衰 世の習い

約800年という遠い過去の鎌倉幕府の物語の出来事の始めと終わりを知った時に、ついこの間という時を超えてしまった感がありました。そして道すがら街中を歩いていた時に、こんな文が書かれていました。「もののふの 諸行無常の 鐘の声」深い歌詞でした。

帰り道50m程の道並みに桜の木が20本程植えられています。3月の終り頃に又、訪れる事に しよう!<どんな花道の景色が観られる事か楽しみにしています>

そして「刀によって納めた栄光は、同じ刀により滅ばされてしまった」と因果なモノだ!合唱!

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