
泣けばもっと泣かされる昭和のケンカ
兄弟ケンカをしてどちらかがずっと泣いている、 と父親に「泣くんじゃないウルサイ」と云われました。
そして「泣けばもっと泣かされる、 それを面白おかしく更に泣かされるんだ!」 とホントです。更に・・・
スパルタ教育とカミナリ親父
物心つくころから、泣くな強くなるんだ! やり返せ!馬鹿野郎!とスパルタ教育でした。
そこでまだシクシク泣いている、と更に大きな声で 何でわからない、この大馬鹿!とカミナリが・・・
ケンカ両成敗と父の教え
私も兄も両方ともう~んと説教されました。 兄には「弟を大事にしなさい、これからは俺よりも(父)
もっと長い付き合いとなるのだからお互いが大事に しあっていかなければならない、」と・・・
そして大きな声で「わかったか!」と怒鳴られました。 簡単な言葉で最もだ、と思いました。
現在ではあまり考えられないかもしれない、 怒られ怒鳴られ〆としました。
原因は、はっきりしない事ばかりだったが、 プロレスブームにより最後は
プロレスブームと技の応酬

兄が私にしたプロレス技
- 四の字固め
- インディアンデスロック
- スリーパーホールド
- 片エビ固め
- コブラツイスト等々
わざが多種多様だった。 最後に物凄く痛かったので 泣いていた。

そのプロレスも私は詳しくはないですが 「力道山の空手チョップ」からブームが始まり
弟子の猪木氏、馬場氏が活躍したのが 又ブーム再燃となりました。
余談ですが自分も父が云っていたように強くなれ! 子供心にプロレスラーになりたい、 と思いました。
小学校の卒業分集には僕の未来! という作文を書きました。 プロレスラーになりたい!
劇画のような父と困り果てた母


そしてプロレスを見ていた父は日本びいきで 外人との闘いでは試合中はやはり大きな声で
ぶち殺せ,○○玉を蹴っ飛ばせ、 ざま~見ろ~と 大騒ぎでした。
母親は、「もう少し静かにして見れないのか!!!」 と云っていたが「うるせ~!」の切り替えしで タジタジでした。
父の親戚のおじさん宅ではあまりに興奮をして テレビ画面を金づちで割ってしまった。
話しを聞いてビックリした記憶が蘇ります。 当時ではテレビは高額でした。
ウチは近所でも評判な家庭でした。 冷静になって母は父に云い聞かせていました。
「あそこの家は金がないからいつもケンカが絶えないんだ!」 と、でもそんなことはお構いなしでした。
的外れかもしれない
子供の頃にとっては楽しかった思い出でした。 でも世間では「川上監督の率いる巨人軍9連覇」
王、長嶋等が人気の野球は全く見ませんでした。 ブームは「巨人・大鵬・卵焼き」でした。が・・・
戦争を体験した父
戦争が終わり二十数年経過しラジオからテレビの 時代になり平和が当たり前、唯一の娯楽になった。と 思われます。


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